感情のアンテナが敏感に反応するのは嗅覚・語感/語呂?!完全感覚自己診断!!

誰かに話してなにかを伝えるとき、雑文ながらもブログを用いてなにかを伝えるとき、何に一番神経を尖らせているのかというと、筆者自身は「語感/語呂」或いは文章のリズムだったりします。文脈や文体がどうとかは二の次!なので、論文などの理路整然とした文章を書くのは向いておらず、ラップのリリック考える方が圧倒的に好きです(‘◇’)ゞ

≪近頃はこの診断名を易々と口に出すまい!と心がけておりますが、今は敢えて例として引用いたしますm(__)m≫HSP(Highly Sensitive Person)」傾向にある人の多くは(筆者自身もその傾向が備わっているけど、あくまで簡易診断なので参考程度にしてる)感受性が異様に強く、HSP傾向でない人と比べてなんらかの感知度が高いといわれているのですが、筆者に当てはめてみると「嗅覚」「語感・語呂」に対してやたら執着心をもっていると気づいたり(‘ω’)

ちなみに「嗅覚」に関しては近しい人には呆れられるくらい、自分のなかのお気に入りの匂いではなくなったら、発狂するという厄介な習性があって(苦笑)「このモノにはこの匂いでないとアカン!」と独裁者みたいな横暴さを持っている( ゚Д゚)想い出にはなんらかの「匂い」がタグ付けされているくらい、記憶と匂いが直結しまくっている( ;∀;)程よいシャンプー・せっけん・洗濯洗剤などの香り(かほり)は好きですが、近頃のフレグランス系柔軟剤はキツすぎて無理っす・・・。

音楽的才能は壊死しているのに、言葉の”響き”文章の”リズム”が気になる摩訶不思議現象

幼少期にピアノを習わせてもらったり、中学時代の吹奏楽部に所属していた過去が都市伝説かってくらい(苦笑)音感が優れているわけではないし、音程をとるのも得意ではない。ましてや文明の利器をつかって作曲しようものなら「地獄の讃美歌」みたいな曲を爆誕させるし、音楽的センスはないに等しく(←説明していて自分で可哀想なってきたw)、なのに言葉の”響き”文章の”リズム”に関しては異様なまでに神経質な筆者。

小学生の頃から読書感想文や作文を書くのが好きで、もちろん創作物の多くは「誰か」に読んでもらえることを想定はしているけど、実は後から読み返した「自分」が気持ちよくなれる、いわば自家発電的な文を書くことに重きを置いているのかも??と、ほんの数日前に発見したのであります・・・(笑)←これだけ読んだらナルキッソスもびっくりなナルシストやんか・・・( ;∀;)

こんなキッチュでチープな文体を書くのにも、いっちょ前に言葉のチョイスには気を張っていて、「どうしてもこの言葉を使いたいから、この話をする」とプライオリティがめちゃくちゃなこともしばしば。だからか後で読み返した時、話の筋がひん曲がっていたり、明らかに感情がのっていないことが判るくらい、「いやただこの単語使いたかっただけやん!」とセルフツッコミ率も高い(笑)

お笑いが好きな理由に、芸人さんのワードチョイスの的確さ、間合いの良さを耳で感知するのが痛快というのもある◎かといってテンポ重視のしゃべくり漫才だけが好みなわけではなく、BPMが落ちても然るべきタイミングでここぞのセリフを放つタイプのネタも大好物◎

詰まるところ笑いに関しての超個人的な持論は「タイミング」に尽きると思っていて、しょーもないギャグでも間がよければ腹抱えて笑うし、熟考されたエピソードトークでもオチ投下タイムがフラットでなければ笑えないこともありますからね・・・。※あくまで個人の感想です※

たまには脳内の棚卸も必要!

そんなわけで今回はいつにまして「狙い」が不透明なブログですが、上述したようにただ単にダラダラ独り言を言っている感覚で、いつの間にやら自分自身の問診ができたから楽しかったしスッキリ☆彡(笑)

曲がりなりにも身銭きって(ドメイン・サーバー代等)運営している我がのブログなので、別に誰彼構わず文字を並べてりゃいいんやけど、でも「どこかで誰かが観ているかも??」と、ファミレスで隣の席の人が傍聴しているかもしれない?!に似た自意識過剰な部分もまた、自分らしいなと達観したのであります(笑)