暫定で”人生とは壮大な実験である”と考えたら、ミニマリストやヴィーガンになれそうにない

令和を象徴するポップアイコン・YouTuber芸人”フワちゃん”のvideoをランダムに試聴していたところ、「友達の悩みに上手に寄り添えない」というトピックが気になり、動画を再生するとびっくりするくらい興味深かったのであります(‘◇’)ゞ

端的に説明すると「ロジカルに悩みを解決へ導こうとしてしまうので(フワちゃん的にいうと”コンサルかましちゃう”)ただ悩みをきいて欲しい、もしくは同調が欲しい人(比較的女性に多い)には”それを求めているんじゃない”となる」といったもの。(だいぶ個人的解釈入っていますが、だいたいのニュアンスで)

これの何が驚いたかって、何を隠そう筆者と近かったから(笑)とはいってもフワちゃんよりは悩んでいる相手に合わせる/同調することはできると自負しているし、悩んでいる相手をSNSに晒すことはしない!www

でも本心をいうと、悩みや疑問をふんわりさせるのではなく、できるだけ綺麗に着地したいと考えてしまうけど(話のオチをつけたがり症候群)、これって客観的にみると嫌われるタイプやし、なんやったら自分自身も理詰めでこられて無駄に話長なる人苦手やのに、それ全部自分でやってもーてるわと気づいた|д゚)アチャー

そういえばこの動画を観た少し前に、今までプライベートな話をほとんどしたことがなかった職場の人とたまたまガッツリ話す機会があって、その人は「悩みに対する答えは自分でわかっているけど、背中を押してほしくて相手に訊いてしまう」と言っていて、さらに「勝手なことはわかっているけど、自分の持っている答えと違うことを言われると納得いかない顔をしてしまう(笑)」と、典型的な同調至上主義なタイプと判明し、「そーゆータイプの方が人数としては多いと思いますよ~」とお得意の達観目線(←これも嫌われがちw)で根拠のない統計論を推したことがありました。。。

ひとまず人から嫌われるかどうかはさておき、どちらのタイプも善悪がつくことはないし、また別のタイプもいるだろうから(パーフェクトマッチすることはないだろうし)、考え方や解決の仕方に正解はないんですよね(-_-)

正解はないけれど正解を探そうとする行為ってなんなんやろかと、あれこれ考えていたら「人生ってなんか小さい実験の繰り返しやな・・・」といつの間にか頭の中でテーマチェンジしてしまった・・・( ゚Д゚)

一時期じわじわミニマリストやヴィーガンといったマインド・生活様式を取り入れる人たちが増えてたけれど、その人たちが近頃は「○○辞めます」若しくは「たまには○○も食べる」「モノを少しずつ増やしてます」など、敬虔な念からは離脱する様子をちらほらみかけるので、凝り固まった考え方はやがて呪縛に近くなってくるのかなと思ったことと、それらはもしかしてよそ様の身体を使った実験結果なのか??と捉えはじめてきました(‘ω’)

どうしようもないくらい辛い経験から逃げ出す唯一の方法は「俯瞰でみること」「意識を飛ばすこと」だと個人的に考えていて、それの最たるものが二重人格・多重人格を産み出しているのであれば、結局人生は自分の身体を使った壮大な実験なのかも!いつも誰かに試されているのかもしれないと!!!危ない思考になりだしたのはサスペンス系海外ドラマ&映画の観すぎやろな・・・(笑)

いつも以上に粗削りな危なっかしい文面になったけど、これらの思考をいつかブラッシュアップしてまとめたいな~という目論見もあったりなかったり・・・??( ゚Д゚)ナンジャイナ

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