【音楽/体験】ジャズバンドの生演奏を初体験し、吹奏楽部のことを思い出す

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アミーゴ

アミーゴ

天下の台所在住/4つのパラレルワーク(複業)をこなす月収1☆万円30代パラレルワーカー/王家衛映画・UK&USインディー・中島みゆき・お笑い・ドキュメンタリーが好き/ヤドカリ歴9年目/好きなコトバはビートたけしの「人生に期待するな」

不定期に開催される、無料のジャズライブへ行ってきました!

ビジネス街にあるホテルの1階ホール部分が開放され、

オープン時間についた頃には、すでに満席!

お客さんのほとんどが仕事終わりのビジネスマン。

ジャズを愛しているであろうロマンスグレーのダンディな方もちらほら。

そしてキャリアウーマン的な女性もいらっしゃいました。

 

立ち見となりましたが、ワンコインでドリンクをオーダーできるので、

ホテル仕様のビールサーバーから注がれる、本格的なビールを味わいながら、

ジャズバンドの生演奏に魅了されました。

 

オリジナルナンバーのみで構成され、筆者が知っている曲はなかったですが、

それでも演奏力だけで、あんなにも血沸き肉躍るような気持ちになるのですね!

 

コントラバスのボンボン!という低音が心地よく、

なかでも筆者は「ジャズギター」の調べの虜に。

 

普段は洋楽ロックを聴くことが多いのですが、ロックギターとはまた違った魅力がありました。

 

このステキな夜のおかげで、音源でジャズを聴きなおそうかなと思ったと同時に、

沸々と筆者自身の楽器体験の思い出が蘇ってきました。

 

 

筆者は中学生時代、吹奏楽部に所属しておりました。

担当楽器はクラリネット。

それまでは軽音楽部しか存在していなかった学校だったのですが、

筆者が中学校へ入学した4月に、新しい音楽教師が赴任。

その音楽教師が新しく吹奏楽部を創立したのです。

 

「しばらくは吹奏楽部・軽音楽部の2つを続けるが、じきに吹奏楽部1つに統合させる。軽音楽部の部員は吹奏楽部へ転部するか、部活を辞めるかを考えておくように」

 

これまで週3日程度の部活動であり、比較的やんちゃな女子生徒の集まりだった軽音楽部。

そのことを面白くないと感じた部員や、3年生であと1年しかない部員はそのまま軽音楽部に残り、消滅を待つ。

まだ2年生や吹奏楽部に興味を持った部員は、吹奏楽部へ転部。

 

そんな流れが入学して間もなくあったので、音楽部への入部は決めていたものの、

吹奏楽部と軽音楽部の違いもわからなかった筆者は、

いずれ全国大会レベルの吹奏楽部を創る!」という音楽教師の並々ならぬ熱量におされ、

吹奏楽部へ入部するながれになりました。

今考えたらドラマみたいな展開(笑)

 

ところが公立中学校なので、楽器を揃える予算はあまりない。

音楽教師はこれまでのツテや、リサイクルに回ってきた楽器たちを引き取り、

着々と吹奏楽部への準備を始めるのです。

 

その間は音感の基礎練習とばかりに、筆者たちは合唱の練習をしていました。

楽器が少しずつそろい始めたころ、楽器の適性を調べるために、

音楽教師が木管楽器・金管楽器のマウスピースの音出しテストを実施。

木管楽器(もっかんがっき)は奏者の唇の振動によらない方法で発音する管楽器の総称であり、概ね日本語の「」に相当する。引用元:Wikipedia

金管楽器(きんかんがっき)は、演奏者の唇の振動によって発音する管楽器群の総称であり、日本語の「喇叭ラッパ)」に相当する。引用元:Wikipedia

マウスピースmouthpiece)とは、管楽器気鳴楽器)において、口をあて息を吹き込む部分の部品である。発音源の形成を主な目的とする。歌口、唄口などと呼ぶこともある。引用元:Wikipedia

さらにマウスピーステストと並行して、性格/傾向テスト(リーダーシップを取りたいか、周りと合わせたいかなど)や、体形・体格(楽器を支えれるか)を考慮し、ひとりひとり楽器が決まっていきました。

そして、筆者は小柄であったことに加え、マウスピースでは木管楽器しか音が出なかったのでクラリネットに。

 

毎日朝夕濃密な練習スケジュールを立てていたので、

音楽教師はメインの音楽室を吹奏楽部のために使い、週3日活動の軽音楽部を別棟の古い音楽室へ追いやりました。(消滅させる気だったのもありますが)

 

メインの音楽室と、古い音楽室は、たまたま階が同じで、窓をどちらも開けたら音が聞こえる距離。

吹奏楽部の存在が面白くない軽音楽部の部員が、ヤジを飛ばしてくることもしばしば。

 

全員が初心者である吹奏楽部。

最初は慣れない楽器の音出しで、雑音にしか聞こえない時期もありました(-_-)

軽音楽部どころか、サッカー部も便乗してヤジを飛ばしてきてました。

 

それでも毎日毎日授業が始まる前に朝練、授業が終わってからの夕練。

土日もテスト前以外はびっしりスケジュールが組み込まれている成果か、

メキメキと上達していきました。

 

ところが筆者は1年生の夏休み、めんどくさがりが発動して部活をサボるように。

同じ気持ちだった部員や、部活の違う友達と遊ぶようになりました。

 

それは2学期が始まっても続き、いよいよ部活を辞めようかと思っていた頃、

同じように辞めたいと言っていた部員は、最後の思い出とばかりに、

都市の繁華街で開催される、毎年ニュースにもなる大きめなパレードの旗持ちに立候補。

楽器演奏で参加する部員を誘導することが決まりました。

 

そこから吹奏楽の魅力よりも、仲間で和気あいあいとする楽しさを感じたようで、

やる気をなくしてた筆者にも、

練習はしんどいけど、部員の子らと喋ってたらたのしいよ」と入りやすい空気を作ってくれたのです。

 

そしてとにかくルーティンワークのように朝練、夕練を繰り返していくうちに、

自分でもはっきり上達していることがわかりました。

 

筆者の年で創立された部だったので先輩がおらず、

自分たちの年代が主となって部活を担っていたので、そういう意味でもたのしかった。

そのうちに後輩が出来てきて、後輩を育てる大変さも勉強になりました。

 

さらに学校内だけではなく、いろんな地区の何校かで合同練習や、

県外の何校かとの1泊2日の山奥合宿。

交流するたびに、全国大会レベルの他校の演奏力を思い知らされたり。

 

知らず知らずのうちに、関西大会までコマを進めるほど、我が吹奏楽部は上達していき、

気づけば筆者の年代の部員は、卒業間近になっていました。

 

卒業後は、そのまま吹奏楽部を続けた人もいれば、

筆者のようにお笑い芸人の追っかけに走ったり(笑)

勉強に力を入れるべく、進学校へ行ったり。

 

ちなみにその吹奏楽部は、今では全国大会常連のシード校にまで成長しています。
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